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スタジオ開設物語 景1 きっかけ
2017/03/31(Fri)
このブログの趣旨は「世のため人のためにならないこと」でありますが、そのモットーに反する内容を綴ることをお許しください。
10年目にしてこの禁を犯し、世に役立てばという情報を書いていこうと思います。
同じ道を歩む人の参考になればと、またこれまでしてきたことを振り返って記録する事により、自身の反省と事業自体の将来に向かっての展望がさらに明確になるのではと、そんないたって真面目な動機です。

このたび、「バリ舞踊とバリガムランの練習ができる本格的なスタジオを作る」という事業を手掛けている最中です。
構想から3年目にしてようやくあと一か月半でオープンできるところまでたどり着きました。

今日はそのきっかけから書いていきます。

(人を増やさなければバリ芸能の明日はない)
そう思ったのは、東京阿佐ヶ谷で行われる量・質ともに国内最高のバリ芸能フェスティバル「阿佐ヶ谷バリ舞踊祭」に出演した時でした。

2012年8月。

二日間に渡ってプナリプナブ(ダンサーと演奏者)約100人が出演する大規模なイベントです。
100人と聞いて「すご~い」と思われる方もおいででしょうね。
もちろんここに出演してないプナリプナブもいますから、今さらながら関東のバリ芸能人口は東海地方に比べたら圧倒的に多いです。

しかし、私はすごいなあとは思えなかったのです。反対に(う~ん…)と考え込んでしまったんですね。

それは出演者が毎年同じ顔ぶれで、新しい人材が全くと言っていいほど見受けられなかったからです。
特に、若い人が全然いない。
東京にしてこれなんだ。
そう思いました。
実際東京の人たちに「関東のバリ芸能事情」を聞くと「本当に新しい人が入って来ない」「お馴染みさんがずっとやってる」そんな声が聞こえてきていました。

 時間を遡ってみましょう。
80年代の中頃から火がついて90年代初頭から10年程はバリがブームでした。
テロが起こる前くらいまでかな。
世の中にバリの風が吹いてたんです。
1999年にはNHKの当時BS2というチャンネルがあったんですが、連続3日間(だったかな?)にわたって17時間生中継という超絶リキ入れた特集番組「世界悠々・不思議の島バリ」が組まれて、今ソフトバンクのCMでお馴染みの白戸家のおかあさん樋口可南子や最近30日間不食体験で話題になった榎木孝明、小説「陰陽師」を書いた夢枕獏なんかが案内人でしたね。

DVDありますから見たい人お貸ししますよ。

坂本龍一はYAS-KAZというミュージシャンと早くからバリの音楽に着目していていたし、
(これも我が家にビデオあったはず)
ティルタサリは来日公演が芸術劇場でTV放映されました
(これもあります)。

地球の歩き方も今の倍くらいの分厚さ、ジゴロも大活躍、ガルーダは小牧から週5便飛んでたし…
みたいな時代でスルヤムトゥもそんな時代にスタートしました。
その頃は黙ってても人が入ってくる時代で、名古屋を代表するガムラングループ「スアラスクマ」が発足した時もたっくさん人がいたんですね。

その当時に始めた人たちが今もずっと続けてて今日の日本のバリ芸能界を支えてるといっても過言ではありません。
異国の文化をこれだけ高度に吸収して根付かせている。
それは尊い事です。
でも同時に次の世代に繋げていかないといけないとも思いますし、それは今以上に難しいことです。
日本全体でバリ芸能人口が減っている今、何とかしないとギリギリのところまできているのが現状です。

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