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かけてくる人はどうするの?
2010/07/18(Sun)
オシ君の携帯が派手に落ちた。

オシ「壊れた」(実は全然壊れてない)
オシ「新しいの買わなかん」(物欲のかたまり)
オシ「ipad買おかな」(ipod持ってるけど1回くらいしか使った事がない)

私「電話できないヨ」(できると思ってたらしい)

オシ「ipadで公衆電話のありか探して電話するもん」

それいいなと思ったので反論するのやめた。
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まったくなんて一週間なんだ。
2010/07/04(Sun)
月曜日の昼…ここ数年音信不通でどうしてるかとても心配していた人と再会した。
      風のうわさに大変な人生展開になってるらしかったのでメチャ心配していた。
      5年ぶりに会ったその人は明るかった。またそれが心配でもあったが、話を聞くと
      人生たくましく進んでいるようだった。女は強い。応援してるゾ。

月曜日の夜…「イイこと」テレビ放映があった。
      スルデット(目の動きのことです)がダサくて最高に自己嫌悪。
      しかしそれは置いといて。
      たった3分の番組を二日間、合計5時間半もかけて丁寧に丁寧に取材を受けた番組だった。
      どんな編集になっているか怖くもあり、楽しみでもあり。
      結果は、さすが、プロの仕事だった。それは「等身大」だったこと。
      今までに出演したTV番組で一番つくりが丁寧だった。
      担当して下さった方はサンデーフォークメディアの伊藤さんです。
      今のところ反響はゼロだけど気長に待とう。
      世のお母さんがた、お子さんにバリダンスを習わせましょう。
      ドアはいつでも開け放たれています。

火曜日の夜…ショーケースレッスンの日。
      別院さんのご好意により、この日は1Fのギャラリーを使わせて頂ける日。
      珍しそうに稽古を見ていく人がぼちぼち。
      練習する方は見られることで気分があらたまるし、少しは宣伝にもなるしでとても良かった。
      こういうスタジオが欲しい。

木曜日の昼…物理的精神的にさまざまな障害を乗り越えて、個人レッスンに来たPみちゃん。
      ホントによく来たね。バリダンスが好きなんだなぁ。

木曜日の夜…訃報あり言葉を失う。

金曜日の昼…ここには書けないハプニングあり。

日曜日の夕方…重い気分で豊田のイベントの打ち上げにブランバリへ行く。
       とても気分でないので重い腰を上げたところへさらなる訃報が。
       まったくやりきれない。
       しかし、打ち上げは芸達者なインドネシア人のワカモノ達が
       最高に盛り上げてくれて、そして新しいつながりもできて何かが生まれそうな気配だ。
       泣き笑いの夜。


      
      
      
      
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うえこさんの思い出
2010/07/02(Fri)
13年前、私がまだ名古屋で踊りを始めたばかりで湯気が出そうなほやほやの頃、
NHKのおしゃれ工房で東京の皆川さんや俣野さん達が出演されてパニャンブラマを披露されたのを見た。
留学組でも長期バリ滞在組でもなかった私は、他にほとんど日本人のバリ舞踊家を知らなかった。
俣野さんと一緒に踊っていたプナリさん、めちゃめちゃイイ感じ、このキュートな人いったい誰?
上田浩子さんだった。
私の中に一発でインプットされた。

それから上田さんの舞台をあちこちへ観に行ったなあ。
普通はジャンルによっては得手不得手ができがちなところを
ドゥドゥックからレゴン、動物もの、舞踊劇まで、何でもこなす上田さんは憧れの存在で
まったく遥か遠い前方を歩いている人だった。
可憐なのに迫力があって、チェンドラワシの雌、プゲチェで雄とのからみ正面シーン、
今でも忘れられない超ど級の眼力。というかそういうありきたりな言葉を超えた迫力。
客席を射抜いてくるひたと決めた視線の先に、あれは何も映っていなかった、ぜったいに。
本当に鳥肌もんだった。

時を経て、未熟な私でもPきほちゃんやPゆきちゃんなど、関東で活躍していたプナリさんと
仲良くなったりそのお友達と知り合いになったりなどぼちぼちつながりが広がっていくうちに
遠い先を歩いていた「上田さん」とも知り合う機会に恵まれ、
淡路島の福田寺静御前法要で衣装を着ていない素の上田さんと一夜を共にする幸運に浴した。
夜遅くまで留学時代のお話を聞いたりして楽しかったなぁ。
普段着の(というかマタギファッションだったね)上田さんはとってもお茶目だった。
チャディンキダンの話なんか爆笑もんだった。

それからPきほちゃんの結婚披露パーティで会った時は、ご自分で凛と着物を着こなされてカッコ良かったな。
日本を出たからこそ着物を着る気になったと話されていたよね。

そして、本当の意味で「上田さん」が「うえこさん」になったのは
2002年、ジェラダさんの来日で名古屋企画を請け負った時。
最初、うえこさんから名古屋でも何かできないかと話が来た時は
私にできるか少々不安もあったが、それはすぐに払拭された。
なぜなら、非常に綿密かつ丁寧な企画運営だったからだ。
しっかりとオーガナイズされていて、私はただ線路の上を走るだけで良かった。
お陰でメールや電話でひとつひとつやりとりしながら何の不安もなく進めていけたし、
しかもうえこさんは日本でのプロジェクト成功だけにフォーカスしているのではなく
その先に新旧のバリ芸能の復興・発展というさらなる到達点があった。
本当に偉大なる先達だった。
名古屋でのワークショップの他に中部大学市民講座がジェラダさん来日企画にリンクしていたので
葉月さんとうえこさんの豪華なパニャンブラマとレゴン サブダ・カサという創作レゴンに
名古屋の生徒さん達は度肝を抜かれていた。

あの素敵な踊りをもう二度と見ることはできない。
お茶目な笑い話を聞くこともできない。

しかし、私にとっては一人の舞踊家としていまだ遥か前方を歩く目標であることに変わりはない。

うえこさん、安らかに安らかにお眠りください。





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