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クリスマス
2009/12/25(Fri)
ヒャッホー!
怜が帰ってきた。
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Noism1 「Nameless Poison~黒衣の僧」
2009/12/23(Wed)
久々にこういう気持ちを味わった。

この気持ち、前にもどこかで感じた事がある。
いつだったかな…。

これだ。
80年代終盤の芝居、子供の領分ー金属バット殺人事件ー。
(クセックACTが核になって作られたシアター・プラン上演)
憧れの大角啓子さんが出ていた。
これはせりふを「音」として完全に無機物化していた、観ててものすごく疲れる芝居。
だけど、本がいいのと役者が力ある人ばかりなので終始強い引力で引っ張られ続け、
最後には面の皮までひっぺがされる衝撃が待っていた。
この時の衝撃は20年以上経った今でも忘れる事ができない。

このひっぺがされ感が「黒衣の僧」にはあったのだ。
ダンスでこんな痛い思いをするとは思いもよらなかった。

ラストシーン
黒衣の僧の足下に息絶える「病んだ医者」とそれに対峙する「貞操な娼婦」
その間を行き来する人々。
怖かった。

平山さんのダンスとは好対照の舞台だった。
平山さんのテーマは自己に向けるベクトルから発するもの。
Noismはより社会的な広がりと関係性を持ったテーマ。
まず、キャラクターを持った登場人物がいる。
これが面白い。まるでバリ人の世界観を表したかのようだ。
「怖がりの闘牛士」「飛べないジゼル」「2丁目の王子」…etc.
ダンスでありながら演劇的な作り方をしていてとても面白かった。
そして、そのダンスが身体が、素晴らしい。
プロフィールを見ると…。
やっぱりバレエだ。ためいき。

このカンパニーの場所が新潟だってことにジェラシーを感じる。

稽古日で観られなかったがもう一度観たかった。

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その2…あえてLED付き衣裳を着て踊る事について
2009/12/20(Sun)
(普通に踊った方が100倍良いのになぜ?)
もう、バカみたいにそればっかり考えてた。
LED衣裳のパートに比べたらその他の素晴らしい身体で見せるパートがほとんどなんだけど
その部分が素晴らし過ぎるが故に、この人間クリスマスツリーが際だって気になってしょうがなかった。

でも、答えはあっけなく出た。
公演後のアフタートークで平山さんご自身がLED衣裳について話されたからだ。
「あの衣裳を着るという、そういう”制約”を課す事で生まれるものを見つめたいと思った。」
「そうする中で新しい身体感覚を探りたかった。」

制約。
腑に落ちたし、本当は普通に踊る方がいい事もわかってらっしゃるんじゃないかな。

その時閃光が走った。
ふと、思い当たる事があったのだ。

少し前に観たある踊りの公演で(その踊り、そういう風に踊っちゃうの?)
と首をかしげちゃう、自分なら絶対にあり得ない踊りの解釈にソーグーした。
(え~?そう来ちゃう…。まいったねー)みたいなまったく思いもよらない展開で、
それはまさに出くわしたっていう感じだった。
結構それは強烈な手法で、意外性の固まりだった。
というより、正直まったく良いと思えなかったし、
このみぞおちの辺の不快感どうしてくれるのって感じだった。

でも、この平山さんの話で(待てよ)という気になったのだ。
したい事をする時、結果なんてどうでもいいんだ。
今さら何?って云われるかもしれないけど、そう今さらなのだ。
それって純粋な何かだと思う。
幅を広げるためには、ある時謎の運転手、ある時アラブの大富豪、
ある時無邪気なチャレンジャーでいいんだ。
その姿勢には静かにこうべを垂れたくなる。









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「月食のあと」平山素子新作ソロ公演(その1)
2009/12/19(Sat)
この舞台を2日で3公演って、いったいどんなスーパーボディなの?!
今日はたぶん書き出したら止まらない。

やった。一番前ひとつだけ空いてた。
隣の席は小学生の女の子。お父さんと来てる。奥さんに頼まれたんじゃない雰囲気がある。
いいねーこういう上質の舞台を小さい時から見せるって。
さ、いつものように登場予想しよっと。
(上手から音もなく。顔を隠している。背中だけもあり。)だな。

パンフ読もっと。
(え~!!私の憧れの地、神岡鉱山のスーパーカミオカンデじゃん!この照明!)
なぜなら、パンフ中に
「舞台上のLEDスクリーンの光は人工的にプログラムされているものではなく、宇宙の彼方から飛来する宇宙線をシンチレーターで検知し、リアルタイムで光に変換しているのです。ここで使用しているシステムは岐阜のスーパーカミオカンデに類似したものです。」
と書いてあるではないか。
(シンチレーターって?宇宙線を光に変える装置らしい。)
(とにかく照明が宇宙線でできてる!)
(どんだけ月食チックなの。)
(こんな照明作る人日本にいるの。はあ~。これだから生きてるのは楽しい。)
なにしろカミオカンデと聞いただけで小躍りして喜ぶ癖のある私としては、
もう始まる前から舞い上がっていた。
だって、のっけから神岡鉱山だもん。それも平山さんの舞台でだよ。テンション上がる上がる。

始まった。
見事に裏切られました。
それが「足」だとわかるのに時間がかかったくらいの裏切り。

下手からのスポットに浮かび上がるのは足先だった。

足先から頭までが究極の角度姿勢で(だって身体と床との角度がくっきり鋭角ですから)
それも「音もなく」どころか、大音量とともにその角度をキープしながらゆっくりと登場。
美しい横顔の一部分だけが照明に浮かび上がってそれ自体がもう食を受けている月のよう。
衣裳の裾にかけていい感じでグラデーションがきいてる。
(これ、アフタートークで知ったんだけど、照明あてて今イチって事で染め直したんだそうだ。)


しかし、失われることって欠けていく月に象徴されるかのようになんか不安なんだな。
相変わらず音楽じゃなくて使われてるのは「音」だし。
おまけにバックは宇宙線照明だし。
背中で踊る平山さん。
この辺り、かなりの不安感にゾクゾクした。

日本人ってやっぱり滅びゆくものに何かを感じるよね。
そこに美学を感じる国民性、自分もそうだし。
やや思考が飛ぶけど、レゴンラッサムがあれだけ人気あるのも同じアジア人として
バリ人の感覚に通底するものがあるのかもしれない。
だって負け戦になるのわかってて突き進むんだからねラッサムは。

静寂のあとは昆虫になった。
段々に満ちてくる月の光を受け、身をわなわなと震わせて脱皮する虫であり私であり。
再生の兆しだ。
音楽が流れ始めた。
月食は必ず満月だから、完全な闇は完全な光に置き換わる。
激しく踊る平山さんの身体から滝のような汗が流れ、飛び散り、
(あんなに激しく動いて、汗ですべらないかしら。あ~ハラハラする。)
(いや、やっぱりすごい人は滑らないのだ。そんな事計算して踊ってるに決まってる。)
感動中なのに分析癖が出て、つい
(その振りの次にそう来るんだ。面白いナー。)と思ってしまう。
だって、コンテンポラリーはその意外性が好きなんだもん。
バリ舞踊は型の踊りだから、動きにそれ程大きな変化はないし。
あ、こういうと誤解を招くといけないので、あくまでもこういうダンスと比べて
っていう断りを入れとかねば。
バリ舞踊は本質的に抑制を効かせた踊り。こういう発散型の踊りは動きのバリエーションが豊富。
だから「そう来たか」って感じが楽しくて仕方がない。
でも、同じくらいの強さで抑制の効いた踊りも好きで仕方がない。

途中で、LEDの壁の向こう側にスッと入っていったところ、素敵な不意打ちだった。
すごく良かった。
自分の舞台でも不意打ち演出をひそかに仕込みたいと思う。

それにしてもすごい運動量と身体能力だ。
アフタートークで「長年踊ってきて何か前と違う変化、それは失ってきたものや消えたもの。
でもその中から得たものにフォーカスして作品を作った」と云われていた。

失うことや消えることがネガティブだとは限らない。
まあ、時にはそういうこともあるよ、だーだーに失いっぱなしってことも。
だけど、まんざら失う一方でもない。失うから拾う事もある。
自分を振り返ってみても、数年前とは身体がだいぶ変わってきている。
何時間踊っても平気なんて時代は去った。
でも、というか、だから今、新しい何かを求めている自分がいる。
それに、今じゃなきゃわからない事もある。

ちょっと横道にそれたが、宇宙照明を含む照明がとても良かった。

しかし、最後のLED付き衣裳、それゴメンなさい「人間クリスマスツリー」にしかみえないです。
だって、暗闇でどんなにいい踊りしても光が蠢いてるだけだもん。
しかし、この件に関してはその2に続くのだ。





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タランティーノ好き
2009/12/13(Sun)
私はタランティーノ好きです。

イングロリアス バスターズをミッドランドで観る。
何回題名みてもイングロリアス モーニングって云っちゃいそうになる。
なぜかそう頭ン中にインプットされてるの。

冒頭5分くらい、劇的に眠いところがあったんだけど
舞台がパリに移ったとたんぐいぐい引き込まれて最後まで持ってかれちゃった。

クリストフ ヴァルツ。この人がすごくいいのだ。
崩れたピーター オトゥールって感じで。
これ、ブラピじゃなく、クリストフ ヴァルツの映画だよね。

タランティーノ好きにはたまらない映画です。

怜くんお勧めですヨ。



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ニューナガズミ~。
2009/12/05(Sat)
岐阜のバリバンジャールで今年最後のペンタスがあった。

スアラスクマの演奏が中心のプログラム構成の中踊りが2曲、
若手3人組によるガボールのあとマルガパティを私が踊った。
最近男踊りから遠ざかっていたので、ちょいと慎重にしかし適度な開放を忘れずに
踊ろうと思った。
でも、始まってしまえばそんな事全く忘れてただ音に身をゆだねて終わった。

観客の皆さん、スアラの皆さん、バリバンのムトーさん
ありがとうございました。
またよろしくお願いします。

終わってから…。
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康本雅子&吉澤dynamite.jp当日仕入れ弁
2009/12/05(Sat)
もうどんだけ放出しちゃうのホント。
二日続きで康本雅子のダンスを観られるなんて信じられんわ。
それもタダ。

パフォーミング・アーツ最後まで観てダッシュで帰って花買って(夕方からペンタス)
昨日準備しとけばいいのにしてないもんだからマッハで自分の準備して
大雨の中再び芸文へ、2分前に到着した。
この綱渡りぶりを知られるとまたオシ君に叱られるので黙っとこう。

うーん(この「うーん」は感嘆の「うーん」)。
楽しかった。
この人の普通な感覚(決して普通ではないのだが)が大好き。
ずっと観ていたくなるんだよね。
上半身の動彙が大変に豊富でどんどん引き出しから出てくる。
あ、「動彙」ってのは私が作った言葉で「語彙」に対して「動彙」

DJ吉澤dynamite.jpってお方はよく知らないけど、もうこれでもかっとばかり
音で康本さんを操ってくる。
というか、康本さんが音を引っ張り出してる。

観てる間も観た後も気持ちいいんだよね。この人の踊り。
だから好き。

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パフォーミングアーツ・ガーデン
2009/12/05(Sat)
11時からのパフォーミングアーツを観に行った。
(今日激忙しいし最初のだけ観て帰ろっと。)

「かつて」を思わせるサックスのイントロで期待感高まった「めんどルズ」
ホントに期待した。だって近藤良平伝授のダンスだって書いてあるし、音楽はナマだし。
しかし…。
ナマでやる意味が全くわからなかった。

(どうしてくれるこの気持ち)
(これでは帰れない)
結局もう一つ観ていく事にした。

ソロで中京大学の学生さんが踊ったこっちの方が断然完成度高かった。

(群舞も観よう)
続いて学生さんの作品が3つ。
「八日目の蝉」と「蛇心ー堕落への誘い」が断然光る。
高校生2作品は学園祭の域を出ず、何とかして欲しかった。

結局帰れなくなって、でもさすがにもう帰らないとこの後の予定が狂う。
帰ろう。
…と思いきや、ラス前にどんどん客が帰りだし(おいおい)と思っているうちに半減しちゃった。
観客の少ないステージで踊るやりきれなさ…。
よーくわかる。
(ここで帰ったら自分で自分叩く)
と、つっこみ気味の気持ちになり、さっきまで帰るつもりだったくせに全部背負った顔して観る。
ラストの小山田魂宮時さん、この人は初めて観た。もっと色々な作品が観てみたいと思った。

本日のザ ベストは「RAY&小野浩輝」
こんな風に音を使うんだ面白いなー。音楽じゃなくて音。
無機質な単なる音が身体を引き裂くかと思いきや逆に身体が音を生み出してるかのようにも見える。
繰り返しも邪魔にならない。
でも最後の5分はなくてもいいような気がした。

結局パフォーミング・アーツっぽさからいうと純粋な「ダンス」の方に傾いてたと思う。
12時からの庭園の方が面白そうだったけど時間の都合で断念。
これはこれで面白かったし。
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「広小路プロジェクト オープニングダンス」康本雅子とサプライズ
2009/12/04(Fri)
SMBCパークは(なぜにこの場所?)という無機質な空間なんだけど
東信を彷彿とさせる壁がちょっといいのだ。
091204smbc.jpg

芝居でもダンスでも、一番最初どんな出方をするのか
あれこれ想像をめぐらすのが好きだ。
だから待っている間は全然退屈じゃない。
野々村先生のお姿もお見かけした。
こういうのいらっしゃるんだ、すごいなー。

やられました。
奥のパーティション横から登場するもんだと思いこんでたら、なんと階段をマイク持って喋りながらの登場。
見事に裏切られて喜ぶ私。
その後も階段を降りたかと思ったらまた昇り、
駈けのぼったと思ったら何事もなかったかのようにまた降り…
と何度も繰り返され、階段の存在が際だつ冒頭だった。
面白いなー。
なるほど、この空間だったら使わない手はないよね。

金曜日アフター5のOLって感じのいでたちがこの空間にぴったり。
えんじ色のキャスケット風キャップにベージュのコート、黒ヒールを履いて腕には黒ハンドバッグ。
色合いも調和している。

ダンスは「OLの風景~ただし大都市の~」みたいな感じですごく面白かった。
この場所だから意味のあるダンス内容だったと思う。
もちろん他の場所でも面白いに決まってるけど。
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陽水の美学について怜と語るの巻
2009/12/03(Thu)

昨夜あれから感動を誰かと分かち合いたくなって、
怜に「陽水の積み荷のない船って知ってる?」とメールした。
「こんな夜にぴったりの曲だな」
と帰ってきたのには少し驚いた。だってそんな事一言も書かなかったし。
ましてや初夏のシドニーに合うとは思えなかったから。
でも合うんだ。

さらに怜曰く
「陽水は何かが無いって事に惹かれるのか… 傘がないもそうだし、御免も何も無いって詩だ。」
なるほど発見だ。
大好きな「飾りじゃないのよ涙は」もある意味「ない」だし。
陽水らしい美学だ。

怜はさらに続いて「帰れないふたり」「ダンスはうまく踊れない」も。
こういう人が普通の人と同じリズムで生活してるとは思えん。

確かにねー。

でも、陽水が奥さんに「もうっ!便座のふた下げといてよっ。」って叱られてる図とか面白いけど…。
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満月 プルナマ フルムーン
2009/12/02(Wed)
091203.jpg

夜の稽古で、
「寝過ごしちゃって
と駆け込んできた生徒さんが偶然2人続いた。
「それは満月のせいです。」
と教えてあげた。

月が美しい晩秋。

夜の稽古が終わり、ワカモノ達に
「気をつけてね~、今日は満月だから」
はあ?という顔してるワカモノ達
「狼男に会わないようにね」
と別れて、クールダウンのためにプールへ行く。
ホントはマッハで帰ってプシュッとやりたいところを我慢してプールへ行くと翌日の身体が全然違う。
ジムを出て見上げるとやっぱり満月。

11時過ぎに帰宅すると陽水がNHKのSONGSに出ていた。
敬愛する五木寛之氏が、陽水は「いい通俗を知っている」と云ってる。
(なんてぐっとくるのその言い方。さっすが五木さんにくいな~
(ふっふっふ五木さんの生写真持ってるモンね~♪)
(宝物だもんね~♪)
オシ君寝てて誰も聞いてくれないので心の中で自慢する。
陽水の天才ぶりを今さらながら味わいながらビールをとろとろ飲んでる。

「積み荷のない船」

昔、大沢たかおのTVドラマ「深夜特急」の主題歌だった。
帰国して間もない頃で、わりと大変な時期が一瞬脳裏をよぎる。
それにしてもこのメランコリーなサックス。
冴えわたる哀愁。泣ける。
あまりにもこの夜にぴったりすぎる。




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