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1Q84
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2012/05/07(Mon)
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村上春樹を離れて10数年経つ。
初めはあの村上春樹らしさが好きで読みだしたのに、 ある頃からその村上春樹らしさが鼻についていやったらしくて鬱陶しくてもう大嫌いで ねじまき鳥クロニクルを途中で投げ出して、以降一冊も読んでいない。 それまでは、長編短編ユリイカ…片っ端から読んでいた。 「羊をめぐる冒険」と「ダンス・ダンス・ダンス」が好きだった。 きまぐれに本屋へ入ったら、数年前に巷を湧かせていた「1Q84」が文庫になっていた。 きまぐれに2冊買った。 今頃1Q84デビューしている私は単行本が3冊出ている事も知らなかった。 買った2冊はそのうちの「1」で、前・後篇に分かれてるその2冊らしい。 ・・・それも今日知ったんだけどね。 いかに遅れてるかって話だけど、 こういう形で本を売っていくスタイルは私のような新たな読者も掘り起こせるって事で、 まんまと作戦にひっかかったワタシである。 ま、置いといて。 GW中に読んだ。 う〜ん。面白い。悔しいけど。 それに、いやったらしくないではないか。 以前のように、文章を楽しんだ。 私はまず文体に魅かれるのだ。 私はしょっちゅう「眠りの灰色熊に後頭部をハンマーでたたかれて」いるし、 時々、大真面目に書かれている文章でありながら独りで大笑いしている事もある。 今回はギリヤーク人のくだりだ。 前もそうだったけど、村上春樹を読んでいると ちゃんと生活したくなるんだよね。 くだらないことだヨ。 昼ごはん終わったら食器をほったらかしにしないですぐ洗うとか、 脱いだパジャマ畳むとか、 靴を磨くとか。 で、このほったらかしブログを再開してるのもその一環だね。 |
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この日を忘れないと思う。
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2012/03/04(Sun)
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親戚に不幸があり、土日の二日間そちらにかかりきりになった。
伯父が亡くなったのだ。 母方の一族は今どきの日本ではありえない、まるでバリ、そんな関係で、私は親兄弟以上に世話になっている。 私はそのおかげで今日までやってこられたようなものだ。 小さいころから親に代わって無数の恩恵を受けてきた。 この仕事に移ってからは公演やイベントがあると必ず来てくれるし、 ピンギタンの受け入れ時も叔母がサッとおさんどんに駆けつけてくれた。 一方私は折からの公演準備で、ここんとこ24時間体制でかかりきりになっている。 今日は朝から大事な合同練習で、終日名古屋組でじっくり場面を掘り下げられる日だった。 しかし、ここで私が叔母を支えなくてはいつ誰がどこでする。 心配の種はつきない。 カツさんはガムラン隊の方で手いっぱいだし、みんみんは制作の仕事が山ほど残っている。 おまけにキッズの二人のうち1人がおたふくかぜになり、小2のさくちゃんが独りになってしまった。 一瞬、もう取りやめにしようかと思ったけど、(いや、独りでもできる!)と思い直し お母さんや他のお母さん、メンバーにも電話やメールでお願いし、励まし、プッシュしてもらう事にした。 まだ詰めなければいけないシーンの見直し、演出しているワタシ無しでできるだろうか。 いや、Pけねえがいるではないか! 電話したら「はいわかりました、みんなで力を合わせます」という心強い言葉が返ってきた。 他のみんなにもメールで力を合わせて進めて行くようにお願いし葬儀に行かさせてもらった。 初七日が終り駆けつけた時にはすでに夜で、大半の練習が終わっていた。 残りの小一時間で自分の個所をやってから今日練り直したところや精度を高めたところなどをやった。 格段に良くなっている。 心から感動した。 みんな有難う。 本当に本当に有難う。 |
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ドン・コーネリアスが亡くなった
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2012/02/03(Fri)
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矢のように時が流れていく。
踊る大世界漬けの日々、あさ一息入れようと凍った道路をわざと滑りながら裏のコーヒー屋へ行った。 久しぶりに新聞でも読もうと(我が家は取ってない)中日新聞広げてビックリ。 訃報の欄にドン・コ―ネリアス死去の文字…。 それだけでもショックなのに、自殺らしいと書いてある。 私にとってドン・コ―ネリアスは特別な人なのだ。 だって、ワタシをダンス好きにしたのはソウルトレインだもん。 ソウルトレインというクールな番組の仕掛け人、それが彼だ。 アメリカがびんびん伝わってくる番組だったのに スポンサーがもろヨーロッパのJ&Rだったのもめちゃめちゃカッコよくて 毎週土曜の夜、テレビにかじりついてたワタシ。 極上のR&Bがブラウン管の向こうからワタシのハートをわし掴みにした。 東新町に「ツバキ」っていうDISCOがあってタカちゃんと通ったなー。 そういえば北九州公演でソウルトレインした事もあったっけ。 今から考えれば、バリ舞踊でソウルトレインやらされるメンバーも何も言わずよくやってくれたと思う。 何があったか知らないけれど、本当に寂しい。 あなたの死去を遠いアジアの片隅で激しく悼んでいる者がここにいます。 SOUL TRAIN JUN ROPE'CM |
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バリ芸能の裾野in名古屋
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2012/01/24(Tue)
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去年ド初っぱつのミーティングは「チュンチュン チュンチュン」だったもんね〜。
あちこちで起床のアラームが鳴った日にゃ、さすがにもうイヤ!と思ったね。 だって朝まで生会議だよ。 よくやったねワタシタチ。(ワタシタチとは主宰者のカツさん、ルバノ隊長の林田さん、制作のみんみん、そして私の4人。) まあ、そんなこんなで始まった今回の公演だが、 紆余曲折ありながらも少しずつ前に進んではいる。 今日も夕方からうちでスジャナとカツさんが来て衣装についての話し合いだ。 テレックと言う既成曲に出演するジャウックの衣装。 かき集めて何とかなりそうだ。良かった! 心からホッとした。 衣装を揃えるのは毎回苦労する。 オシズミ本心を言うと、衣裳だけに専念するスタッフが欲しい。 それも、バリの芸能に明るい人。 実際、既成の物を揃えるだけでも大変。 なぜならバリに誰かが行かないといけないからだ。 それに加えて、オリジナルの衣装デザインから作成となると確かにこれだけでたいそうな仕事量になる。 核スタッフの私達はそれぞれにメインの仕事がある。 作曲や創舞、演出方針の詰めや連絡調整、そして舞台や小道具の作成、情宣など、 やってもやっても仕事がなくならない。 人材不足なのだ。 東京のようにバリ芸能に携わる人の数が多いところならともかく いや、東京でもすごく多いわけではないし。 とにかく名古屋はここ数年本当にバリ芸能人口という面ではお寒い状況だ。 アジェグバリができた時すごく嬉しかった。 でも、日本人は? どうしたら裾野を広げる事ができるのか。 この問題は長年ずっと私を悩ましているし、いつも考えている。 今日ガルーダが3月25日を持って名古屋路線を撤廃するニュースを聞いて全くがっかりした。 |
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